マジョリカ御召(まじょりかおめし)

 マジョリカお召は,新潟県十日町を中心として昭和34年から約4年間にわたり生産されたお召し織の一種である。

マジョリカお召は、織物は色数に制約があって派手ものができない欠点を、ヨコ糸をカスリ捺染して紋の上にのせるという斬新なアイデアで華麗な多色使いに成功した画期的な織物である。 地中海のスペイン領マジョリカ島特産のマジョリカ陶器のようにカラフルで明るい色調なのでマジョリカお召と名づけられた。

 経済復興も軌道に乗り、明るさを取戻しっつあった世相と、皇太子殿下御成婚という華やかムードにぴったりの商品で大衆の人気を呼んだ。十日町は、昭和29年頃から 好況が続き、産地の主力商品に成長していたが、ナベ底不況の影響で大きく落込むなど、33年の産地生産額は前年より二割も減退するほどの不振だった。この市況不振を打開するための模索のなかから、34年にマジョリカお召というヒット商品が誕生したのである。

  大手各社が競合する形で開 発したマジョリカお召は、36年に山口芳一によって量産型のタテマジョリカが考案されて一段と値頃品になり、ブームを巻きおこした。生産数量も34年の三 万反が三十五年には五万一千反、三十六年には十三万八千反、37年にはついに十八万反と驚異的な伸びを示し、33年に三十億円の産地生産が四年後には七十 四億円に躍進した。

  マジョリカブームは四年続いたが、他産地の化合繊の交織が現われて市況は混乱し、生糸価格が三千六百円台から五千八百円台へと暴騰するという追い打ちにあって、さしものブームも消え去り、産地は五割減産を決議せざるをえない危機的な状況におちいった。

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